天秤棒に夢をのせ、行商に励んだ近江商人発祥の地、東おうみ。
近江商人とは、近江を本宅・本店とし、他国へ行商した商人の総称で、近江八幡・日野・五個荘から特に多く輩出しました。
近江商人は、そのほとんどが江戸時代末期から明治時代の創業で、現在も商社として多くの企業が活躍しています。

三方よし

近江商人の家訓は、お金儲けの秘訣や技術が記されているのではありません。代々の当主が子孫に信用や信頼の重要性、勤労や勤勉の大切さ、そして、質素倹約(奢りの戒め)など、いつの時代にも人として必要とされる基本的なことを求めています。
「三方よし」(売り手よし、買い手よし、世間よし)は、近江商人の商人道を象徴する言葉です。売り手と買い手の双方のみの合意だけではなく、行商先を含めた世間に利益を提供すること、つまり、世の中から求め必要とされる正当な商いを心がけていました。
近江商人は、社会的責任と使命を果すことに商人としての自覚と誇りを感じていました。

しまつしてきばる

これは近江商人に共通な日常の心構えです。
倹約につとめて無駄をはぶき、普段の生活の支出をできるだけ抑え、勤勉に働いて収入の増加をはかる生活を表現しています。
「しまつ」は、単なる節約ではなく、モノの効用を使い切ることが真にモノを生かすことになるのだということであり、「きばる」は、近江地方では「おきばりやす」という挨拶につかわれているくらい日頃から親しまれた言葉です。近江商人の天性を一言で表現している。

正直・信用

今昔にかかわらず、商人にとって何よりも大切なものは信用です。
信用のもととなるのは正直です。
外村与左衛門家の「心得書」でも、正直は人の道であり、若い時に早くこのことをわきまえた者が、人の道にかなって立身できると説いています。
正直は、行商から出店開設へと長い年月をかけて地元に根づいて暖簾の信用を築き、店内においては相互の信頼と和合をはかるための基でした。

陰徳善事

人に知られないように善行を施すことです。
陰徳はやがては世間に知られ、陽徳に転じるのですが、近江商人は社会貢献の一環として、治山治水、道路改修、貧民救済、寺社や学校教育への寄付を盛んに行いました。文化12(1818)年、中井正治右衛門は瀬田の唐橋の一手架け替えを完成しました。
一千両を要した工事の指揮監督に自らあたり、後の架け替え費用を利殖するために二千両を幕府に寄付しました。

※財団法人滋賀県産業支援プラザ「現代にいかそう 三方よし」パンフレットより引用しております。

各近江商人の特色

◆八幡商人
活動開始時期江戸時代前期
主な取扱い商品蚊帳・畳表・麻布・数珠・灯心・蝋燭・扇子
商圏三都(江戸・大坂・京都)、北海道、東北、関東、中部、中国、九州
特色
  • 元和年間(1615~24)最も早く江戸に出店
  • 「八幡の大店」大型店舗経営
  • 北海道交易(柳川・薩摩の商人と両浜組を組織)
  • 鎖国前は安南(ベトナム)やシャムなど海外へも進出
◆日野商人
活動開始時期江戸時代中期
主な取扱い商品日野腕・漆器・合薬・煙管・日野きれ(繊維)
商圏関東地方に出店が集中、京都・大阪にかけて東海道沿線
特色
  • 「日野の千両店」小規模な出店の多さ
  • 三都などの大都市は避けて在方商圏とする
  • 商人仲間の組合「大当番仲間」を形成
  • 関東地方を中心に、酒や醤油など醸造業も盛んに経営
◆五個荘商人
活動開始時期江戸時代後期
主な取扱い商品呉服・太物・編笠・麻布(高宮布・野洲晒)
商圏三都(江戸・大坂・京都)、関東、信濃、奥羽、畿内、九州
特色
  • あくまで村方(在方)として存在し、農間余業として商業を行う
  • 江戸時代の開設は13店であり、明治以降に活躍
  • 明治以降に活躍した商人たちは、海外への視察・進出など進取の気性に富む